はじめに
このところヒトの能力の差から生じる組織における摩擦について考えることが多くなっていて、DAOを考えることは、新しいヒトの組織のあり方を模索することなので、現時点の考えをまとめておこうと思います。
課題だと思っているのは、DAOの参加の障壁を下げることで得られる多様性と、高い能力を持つ参加者による質の高い議論のバランスをどのように取るかという点です。
ヒトとして遺伝子レベルで刷り込まれている特性と、資本主義社会におけるコミュニティのあり方をNouns DAOの現状を通して考えてみました。
人類の組織の変遷:生物学的特性と社会構造
人類の歴史のほとんど(約99.83%)を占める旧石器時代に、私たちの生物学的特性や社会的傾向の多くが形成されました。
これらの特性は現代にいたるまでほとんど変化していません。
一方で、社会構造や組織形態は急速に変化してきました。
この変遷は、変わらぬ生物学的特性を持つ人類が、変化する環境に適応しようと試行錯誤してきた過程と見ることができます。
旧石器時代(約300万年前~1万年前)
- 小規模な狩猟採集集団(30~150人程度)
- 平等主義的な社会構造
- 共有と協力を基本とする
- 直接的な対人関係に基づくコミュニケーション
特徴は、現代人の生物学的・心理的特性の基盤となっていて、例えば、小規模集団での活動に適応した社会性、平等意識、協力の重要性の認識などです。
新石器時代以降(約1万年前~現在)
- 農耕・牧畜の開始により、より大規模な集団生活が可能に
- 定住集落の形成、都市の発生
- 社会の階層化、複雑な組織構造の出現
- 間接的なコミュニケーションの増加
旧石器時代から新石器時代の急激な変化は、人類の生物学的特性とは必ずしも整合しない面がありました。
例えば、
- 大規模集団での生活:見知らぬ人々との協力や信頼関係の構築が必要に
- 階層構造:平等主義的傾向との軋轢
- 間接的コミュニケーション:直接的な対面関係に適応した脳との不整合
近現代(産業革命以降)
- 巨大組織(国家、企業)の出現
- グローバル化による超大規模なネットワークの形成
- デジタル技術による新たなコミュニケーション形態
近現代におけるこれらの変化は、旧石器時代に形成された人類の特性とさらに大きな乖離を生んでいます。
例えば、
- 匿名性の高い大規模組織での協力の困難さ
- 直接的な貢献と報酬の関係が見えにくい社会システム
- バーチャルな人間関係の増加
新たな組織形態の模索(現在~未来)
- DAOなどの分散型組織の実験
- 小規模チームの重視(アジャイル開発など)
- コミュニティ重視の組織運営
これらの新しい試みは、旧石器時代に形成された人類の特性により適合した組織のあり方を探る試みと見ることができます。
例えば、
- 分散型組織:平等主義的傾向への回帰
- 小規模チーム:直接的な人間関係の重視
- コミュニティ重視:帰属意識と協力関係の強化
現代社会におけるコミュニティと組織の課題
上記のように人類の歴史において、コミュニティと組織のあり方は常に進化を続けてきました。
現在、資本主義社会では株式会社が主要な組織形態として成功を収めていますが、これがヒトの本来の社会的特性を最大限に活かす唯一の形態であるとは限りません。
シリコンバレーの成功企業は、高額の報酬で多様で能力の高い人材を集めることで成果を上げています。
しかし、単に多様な人々が共存するだけのコミュニティでは、高いパフォーマンスを達成することは困難です。
これは現代社会が証明している現実です。
人間の社会的特性と能力の問題
人間には遺伝子レベルで刷り込まれた社会的特性があり、これらがコミュニティの形成や機能に大きな影響を与えています。
しかし、能力の異なる人々が混在する場合、結果は往々にして平均化されてしまいます。
さらに、自尊心という人間特有の要素が加わると、結果は平均以下になることさえあります。
このジレンマを解決するためには、能力の高い一部の人による独裁か、一定以上の能力を持つ人だけで意思決定を行う仕組みが必要となってしまいます。
しかし、これらの解決策は必ずしも理想的とは言えません。
DAOの可能性
現在の資本主義社会において、経済的な成功を収めているのは、株式会社という仕組みです。
これは、先に述べたように能力の高い一部の人による独裁か、一定以上の能力を持つ人だけで意思決定を行う仕組みに合致します。
会社組織においては、能力別、専門分野別に組織化し、階層型組織を形成しています。
この会社組織における問題点を列挙し、DAOと比較すると以下のようになります。
- 意思決定の集中と硬直化: 株式会社では、意思決定権が一部の経営層に集中しがちです。これにより、組織全体の柔軟性が失われ、環境変化への適応が遅れる可能性があります。 DAOでは:意思決定が分散され、コミュニティ全体で行われるため、より柔軟な対応が可能です。
- 階層構造による情報の歪み: 階層型組織では、情報が上層部に上がる過程で歪められたり、遮断されたりする可能性があります。 DAOでは:情報が透明に共有され、全参加者が直接アクセスできるため、情報の歪みが少なくなります。
- モチベーションの低下: 従来の会社組織では、個人の貢献が正当に評価されにくく、モチベーションの低下につながることがあります。 DAOでは:貢献度に応じた報酬や権限の分配が可能であり、直接的なインセンティブが働きやすくなります。
- イノベーションの停滞: 既存の権力構造や慣習により、新しいアイデアや方法が採用されにくい環境が生まれやすいです。 DAOでは:多様な参加者が自由に提案を行えるため、イノベーションが起こりやすい環境と考えられます。
- 組織の目的と個人の目的の乖離: 会社組織では、組織の目的と個人の目的が必ずしも一致せず、コンフリクトが生じやすくなります。 DAOでは:参加者が自身の意思で参加し、目的に共感する人々が集まるため、個人と組織の目的が整合しやすくなります。
ここでビットコインを1つのDAOと見た時にその成功の鍵は何なのかを考えることは、DAOの可能性を示唆しています。
個人的にビットコインが成功した理由の一つは、その仕組みを理解するために高度な知識が必要であり、知識社会で成功を収めた能力の高い人々が価値を見出し、そこに投資してきたからだと思います。
このことから、DAOの成功の鍵は、参加するでの高いハードルにあるかもしれません。
つまり、DAOに参加するために必要な能力や知識が、そのDAOの成功に最低限必要な要素となるのです。
DAOの特徴と可能性
- 高いハードルと自由な参加:DAOへの参加には高いハードルがありますが、それを超えた後は出入りが自由です(1.DAOの存在を知り、2.その目的と仕組みを正しく理解し、3.自らの意思で参加すること)。
- 自律性と分散性:参加者は自律的に行動し、分散的な仕組み(ブロックチェーンを基盤とした仕組み)によって組織が指数関数的に拡大していく可能性があります。
- 多様性の活用:高いハードルを超えた多様な人材が集まることで、平均以上の成果を生み出す可能性があります。
- 柔軟な参加基準:DAOの目的や性質に応じて、参加に必要な能力や条件が多様化する可能性があると考えています。これにより、従来の知識社会の序列から解放される新たな機会が生まれるかもしれません。
Nouns DAOの事例と現状の課題
Nouns DAOは、DAOの可能性を示す具体例として注目されてきました。
当初、Nouns DAOの資金活用に関する提案権は、NFTオークションの落札者であるNFTホルダーに限定されていました。
この仕組みは、高額のオークションに参加できる能力を持つ人々、すなわち一定以上の高い能力を有する参加者によってコミュニティが形成されることを意味していました。
しかし、最近導入された「Candidates」により、NFTホルダー以外も提案が行えるようになりました(本提案にはスポンサーとなるNFTホルダーが必要)。
この変更は、DAOの参加障壁を部分的に下げ、より多様な意見やアイデアを取り入れる可能性を開きました。
提案を実際の投票にかけるためには依然としてNFTホルダーのスポンサーが必要ですが、誰でも提案できるようになったことで、提案の多様性が広がりました。
この変更がもたらした影響と課題は以下となります。
- 提案の多様化: NFTホルダー以外からも提案が可能になったことで、コミュニティ外部からの新鮮なアイデアや視点が導入される可能性が高まりました。これは、DAOの創造性や革新性を高める潜在的な利点となり得ます。
- 提案の質の変動: 提案の門戸が広がったことで、質の高い提案と同時に、十分に練られていない、あるいは不適切な提案も増加する可能性が生じました。これは、コミュニティ全体の時間と注意力を分散させる恐れがあります。
- コミュニティの焦点の変化: 従来のNFTホルダーに限定されたコミュニティから、より広範な参加者を含む構造へと変化しつつあります。これにより、コミュニティの一体感や方向性が薄まる可能性があります。
- 参加障壁の部分的な低下: 提案段階での参加障壁が下がったことで、Nouns DAOの独自性や高度な議論の場としての性質が変化する可能性があります。これは、DAOの本質的な強みの一つであった「高いハードル」の意義を再考させる契機となっています。
- 提案の評価負担の増加: より多くの提案が寄せられることで、NFTホルダーやコミュニティ全体の提案評価に関する負担が増加する可能性があります。これは、効率的な意思決定プロセスを維持する上での課題となり得ます。
DAOの進化と今後の展望
Nouns DAOの事例は、DAOが直面する重要な課題を浮き彫りにしています。
参加の障壁を下げることで得られる多様性と、高い能力を持つ参加者による質の高い議論のバランスをどのように取るかという問題です。
この課題は、より広範なDAO設計の問題を提起しています。
具体的には、以下のような点が考慮されるべきだと思いますが、いずれもブロックチェーンを使ったDAOでどのように実現していくかという課題が残されます。
- 参加の階層化: 提案、議論、投票など、DAOの各プロセスにおいて異なるレベルの参加障壁を設定することで、多様性と質の両立を図る可能性。
- 評価メカニズムの改善: 提案の質を効率的に評価し、優れた提案を迅速に特定するシステムの開発。
- インセンティブ構造の最適化: 質の高い提案や建設的な参加を奨励するインセンティブ設計。
- コミュニティ文化の醸成: 開放性と高度な議論を両立させるコミュニティ文化の育成。
最後に
Nouns DAOの事例の多くは(Candidates、投票の仕組みの変更、フォーク機能の実装、オークション価格の低下等)、DAOが進化し、より多くの参加者を巻き込んでいく過程で直面する課題を明確に示しています。
これらの課題に取り組むことで、DAOはより成熟し、効果的な組織形態として発展していく可能性があると思います。
従来の組織形態と比較してDAOが優れているかどうかを一概に判断することはできませんが、このような試行錯誤を通じて、人間の社会的特性により適合した新しい組織のあり方を模索することには大きな価値があるはずです。
私たちの生物学的特性や社会的傾向は、人類の歴史のほとんど(約99.83%)を占める旧石器時代に形成されたのなら、急速に変化する社会情勢の中で生まれた組織のあり方に私たちが適応していないと考えるのが当然と考えるのが妥当です。
DAOの可能性を探求し、実験を続けることは、私たちの社会と組織のより良いあり方を見出すための重要な取り組みです。
Nouns DAOの経験から学び、改善を重ねていくことで、DAOはより洗練された、効果的な組織形態へと進化していく可能性を秘めているのではないでしょうか。
引き続き、Nouns DAOの動きに注目していきたいと思います。
<参考>
今回の記事を書くきっかけになったのはこちらの書籍です。